ALI PROJECTが、これまでのInstrumentsだけを集めた『絶対音楽』をリリースした。未だかつてこんなに挑戦的かつ高貴なアルバムがあっただろうか……まさに、ktkr!! と叫びたくなるような、マニアックなアリプロBEST。収録曲のセレクトについて、アリプロにおけるインストの定義、また蟻プロジェクト時代の秘話など、本作にまつわるありとあらゆることを片倉&宝野のお二人にガッツリ聞きました。
名前も物語も存在しない、ALI PROJECTの純粋なデッサン
――本作を作ろうと思ったきっかけは何でしょう?
片倉 作曲家の業のようなものですかね。ALI PROJECTとして毎年1枚、多い時はソワレやBEST盤も含めて数枚のアルバムを作っていて、その中にスイっと1曲、インストの曲が入っていて。それだけをまとめてみたらどうかなって。具体的に思ったのは2~3年前ほど前だったんですけど、シングルが出たりアルバムが出たりで、なかなかタイミングが合わず、この時期にようやくカタチになりました。
宝野 改めて見返すと、アリプロって、思った以上にインストの曲が多いんですよ。だいたいすべてのアルバムに1曲、ときには入っていないこともあるけど、それでも長くやってますからね。
――片倉さんは、かつてソロアルバムの『Lento』をリリースしていますが、それとはまた異なった
ものなのでしょうか。
片倉 幻のアルバムですね(笑)。『Lento』は片倉三起也名義だったんだけど、それだと売れないからね。今作はALI PROJECTのアルバムってことにこだわりました。
――アリカさんはこのアルバムの制作を聞いたときはどう思われました?
宝野 うん……?
片倉 はじめは反応なかったよね(笑)。
宝野 いやいや、そんなことは(笑)。でもリリースが落ち着いている時期に、何か作るって言うんだったら、こういうのがあってもいいんじゃないかなって。曲が多いアリプロならではの試みですね。
――タイトルが『絶対音楽』ですが、これにはどういう意味が?
片倉 簡単に言うと、「表題(タイトル)がない曲」って意味です。アリプロの音楽は、いつも僕が先に曲を作って、それを受け取った宝野さんが歌詞を作るという工程でできあがっていくんですけど、曲を作る段階では、まだタイトルはないんですよ。なんとなくイメージするものはありますけど、ぼんやりくらいで、明確なものは何もないんです。言葉もない物語もない、本当にただの「音楽」なんです。だから感覚としては、最初はどんな曲もインストを作っているのと同じなんですね。例えて言うとALI PROJECTのデッサンみたいなものでしょうか。それに歌詞がついたら宝野さんが歌う曲になるんです。
――インストの曲と歌詞が乗る曲は、作り方に差はあるんでしょうか?
片倉 基本的にすべての曲に歌詞が乗ると思って作ってはいるんだけど、ちょっとこれは歌にはならなそうだな、なんていう曲はインストになります。
宝野 だいたい歌えない曲がインストになってます(笑)。音域が高すぎたり、歌うのが難しい曲ですね。
片倉 「Arabesque Romanesque」とか、そうだよね。さすがにこれは歌えない(笑)。音域や早さを調整すれば歌えるようにはなるけれど、やっぱりそれだとつまらなくなってしまうので。結果、この曲はインストなんです。
曲に対する評価や思い入れは、感じるままでいいんです
――昔の作品を振り返って改めて思うことってありますか?
片倉 下手な曲もありますけどね。でもそれがそのときの精一杯だったのかなと。とにかく量が多かったです。
宝野 2枚組にできるくらいの量があったよね。落とした曲もいっぱいあったし。
――もったいないですね。
片倉 最初は『純音楽』と『絶対音楽』という2枚に分けて出そうかって構想もありました。『純音楽』というタイトルは、純喫茶とか、純文学みたいな、ちょっと昭和な感じがあるので、まずは優しい曲ばっかり集めようかなと。でも、そうしたら眠くなることがわかりまして(笑)。『絶対音楽』だとクラシックな感じに限らず、テクノっぽいのが入っていてもいいわけだし、セレクトの幅が広がるので、ここは1枚にした方が良いかなと。
宝野 ちょっと冷静になったよね(笑)。
片倉 だって正直なところ、2枚目が出せるかどうか、わかんないもんね。
宝野 おかげで17曲も入りました。すごいです。本当にぎゅうぎゅう。CDの限界ギリギリまで入ってます。アルバムとしてはかなりおトクですよ。
――ちなみに曲順はどうしてこのように?
宝野 それは私も知りたかったところです。時間軸ではないんですよね?
片倉 曲順はかなり悩みました。まったりとした曲が続いてくると、似ている印象になるので、何度も調整して。僕が聴いていて心地よく収まったのがこの並びだったんです。共感してもらえると良いんだけど。
――アリカさんは昔の片倉さんの作品を聴いてどう思います?
宝野 うーん、若いなとか、そういうのは思わないけど、最近のインストは、コンサートで転換(衣装替え)のときにステージで演奏している曲なので、焦りが蘇ります。ライブの練習をするときに、まずはインストの曲を聴いて心を落ち着けるんです。「さあ、これから始まるぞ」という。落ち着くというよりドキドキしてきますけど。本番ではその一曲の間に着替えないといけないので、思い出すのは、その焦りというかなんというか。こんなに素敵な曲ばかりなのに、妙なドキドキ感が出てきちゃって、落ち着かないです。
――思い出にリンクされてるんですね。
宝野 でも音楽って、そういう要素がありますね。きっと昔からのファンの方もアリプロの曲ととも時間を積み重ねて、いろんな思い出があるでしょうから。当時の記憶が蘇って懐かしく思う方もいるんじゃないかしら。私もいろんなこと思い出しちゃうから、落ち着いては聞けないけれど、でそういうのを抜きにして向き合うと綺麗な音楽の集合なので、いいアルバムです。インストはデッサンだっていうけれど、有能な画家はやっぱりデッサンがすごいんですよ。
片倉 すごく抽象的な絵でもやっぱり肝はデッサン力だからね。それは巨匠でも巨匠でなくても、デッサンなくして名作はないですから。
宝野 うん、これあってのアリプロですね。
片倉 そんな感じです(笑)。
初回盤には、27年前の幻の名曲「森の祭典」の仕掛けが
――初回プレス盤の特典も面白い試みです。
片倉 そうなんです。初回盤封入のチラシに秘密のURLがあって、そこにアクセスすると、27年前の「森の祭典」という曲が聴けます。当時の宝野さんの歌も入ってます。
宝野 あーあれか……。
――嫌なんですか?(笑)。
宝野 嫌ですよ、今とは全然違うし。別人みたい。よく音源あったよね。
片倉 これがなくてね。散々探して、当時のカセットテープから起こしたんですよ。磁気なのでダメになりやすいんだけど、なんとか聴ける状態だったようで。でも再生機が動かなくて、これのために新しい機材を買ったりもして。
宝野 あははは(笑)。カセットテープはさすがにもうないよね。でも、どこにもパッケージ化されていない曲だから、レアですよ。
片倉 VHSで出たライブ映像にかろうじて入っていたけど、それも今となってはどこにもないだろうし。
宝野 昔のインスト曲を特典にするっていうのではダメだったの?
片倉 それだと面白くないじゃない。新曲の「Dignity of the Orient」に歌を入れることも考えてたんだけど、でもやっぱりこのアルバムはインストだけにしたくて。とは言え、ファンは歌も聴きたいだろうから、だったら初期の音源化されていない歌を特典にしようと。その方が売れるかもって、ムラっ気もちょっとあって(笑)。
――「森の祭典」を作った当時のことって覚えてます?
片倉 覚えてますよ。昔は今以上にいろんな曲を作ってました。本当に暇だったから(笑)。マルチの8トラックのテレコのを2つ使って、16トラックにして多重録音とかして。DX-7とかオーバーハイムとか、渋いシンセで作ってたんですよ。
宝野 けっこう早い曲だよね。声が昔はものすごく細かったから、か弱い感じだけど(笑)。声量も全然なかったし。
――ちなみに、当時の片倉さんって、どんな印象でしたか?
宝野 あの頃の片倉さんは、もう、かなり尖ってましたよ。
片倉 ははは、嫌な奴だったんですよ(笑)。
宝野 しょっちゅう喧嘩してたよね。曲作りでもレコーディングでも。どこでもぶつかってました。詞が気に入らないとか、歌が下手だとか。そんなんばっかりで。
片倉 CMソングのレコーディングで、僕が曲を作って、宝野さんが歌うんですけど、「ここちょっと変えよう」って言うと、「やだ」って言うんですよ(笑)。それでクライアントさんが居る前で大喧嘩したり。
――当時のアリカさんも尖ってた感じですか?
片倉 尖ってたというよりは、赤ちゃんだった。今でもふざけて「赤ちゃんだから」とか言うことあるけど、本当にあの頃は赤ちゃんって言ってよかったんじゃない?
宝野 そうだったかもね。だって若いもんまだ。
片倉 なによりハートが若かったよね。なんのてらいもなく、自分の思うこと考えることをそのまま言ったり行動したり。僕には考えられないような人でした。
宝野 もう今は喧嘩しないですよ。疲れるからしないよね。
片倉 まあお互いにリスペクトしている部分がシッカリあるわけですから。音楽的に信じ合えていないと、作品には結びつかないです。昔もぶつかりはしたけど、作品はちゃんとできていたので、そこだけはハッキリしてたかな。今はなんの不満もないです。
――今は穏やかなアリプロに。
片倉 それもちょっとつまんない気もするけどね。
宝野 これで十分です。最近の片倉さんは、とにかく穏やか。DALIちゃん(飼い猫)の話しかしないですよ。あと働き者ですね。いつも曲を作っています。
片倉 だって他にすることないし。あ、でも、春になったら桜が咲くので、そしたら散歩の季節ですね。桜の開花とともに北上していきます。花見行脚です。
宝野 本当にお殿様みたい。現代の殿だよね。
――まだまだ聞きたいところですが、最後に読者にひとことお願いします。
宝野 はい。アリプロのインストは聴きづらいというか、難易度が高いと思われるかもしれないけど、実はそんなことはなくて。大人になってから買おうと思わず、子供のうちでもお好きなように聴いていただければいいと思います。その時々の感想で、長く聴けるアルバムになっているので。
片倉 ALI PROJECTのバックボーンのような、とっても根底にあるものなので、それを自由に感じ取って遊んでもらえたら嬉しいですね。どなたにも。
Text/池田 桂(ボーグナイン)